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2009年5月25日月曜日

マスク顔の日々

 なんと!気がつくとおよそ3週間ブログを更新してないではありませんか!
と、わかっていてもなかなかパソコンの前に座ると雑多なメール処理なんかに時間を使ってしまうようですね。さて、その空白の期間はまさに「マスク顔の日々」
 5月15日東京・羽田空港から空路大阪・伊丹空港へ飛び、豊中、吹田、茨木と客先を回り、翌15日には神戸に入り、南京町の中華街、修学旅行学生わんさかの中、昼の定食を食し、夕方には明石に近い神戸市西区の客先で一仕事。その夜は姫路に宿泊し、翌日は播但道を北上し、氷ノ山に登り、丹波の地の養父、朝来、篠山とうろつき、大阪から高速バスで金沢に16日(日)夜に戻った。翌朝、新聞の一面とテレビのニュースの画面に、私の2日間で動いた場所がピンポイントで表示されていたのにびっくり!結果的にマスクもしないヒゲ面の豚が新型インフルエンザをばらまいていたような形になり、17日月曜日からは全く問題になってなかった金沢の先端を行く「マスク顔の男」になっていた。
その騒ぎも、喉元過ぎれば何とやらで、ちょっとは落ち着いてきたものの、インフルエンザ予防接種が義務づけられていた頃の人種は免疫があり、かからないとか言われ、「そうそう、あのツベルクリン反応、通称『ツー反』だろ?」なんて奴もいて、それは結核の予防接種でしょうが!結局40才以上は関係ないよと豪語され、バスや電車の中では古い放射能をテーマにした映画を見るように、みんな黙りこくって目だけが周りをうかがうものの、宴会が始まるとバス以上に密封された空間にもかかわらず、マスクでは飲めない食べれないとあっさりマスクはしまわれた。そろそろ「レベル」とか「ランク」という言葉の代わりに「フェーズ」が日常使われ出しそうだな。

2009年5月6日水曜日

まだまだ行けまっせ!ミックのジャンプ

 長いGWの休みも終わろうとしている、なんて中学生が新学期を面倒くさそうに迎えるような気分だが、このGWの間に58才の忌野清志郎がこの世を去った。
それほど忌野ファンと言うほどでもなく、高校の頃友人が「このバンド、RCサクセションって言うんだけど、<ある日作成しよう!>と思って付けたバンド名なんだ」と言ったことと、知っている曲と言えば『ぼくの好きな先生』くらいのものだが、数年前から私の大好きな劇作家・演出家の岩松了の映画にひょうっこり出演してたりして「いい年なのに頑張っているな」などと感じていた。

 いい年して頑張っていると言えば、やっぱり忘れてはならないのがローリング・ストーンズ。
なんと45年間一緒にやっているオリジナルメンバーのミック・ジャガーとキース・リチャードは御年66才、一番年上のチャーリー・ワッツはなんとさらに2才年上の68才!途中参加のロニー・ウッドでさえ62才という、年齢だけだとそろそろ被介護世代バンド。そんな彼らの3年前2006年のニューヨークでのライブを中心に作られた映画『SHINE A LIGHT』を観てきた。同じ頃、大阪ドームでの彼らのコンサートを観てきたことを思い出し、出るシーン出るシーン「う~ん」とうなりっ放し、『Tumbling Dice』や『Brown Suger』では自然と体が上下運動になっていた。それにしても、ステージ上での彼らの所狭しと動き回る姿は感動もので、特に、いつまでも贅肉ゼロ状態のミックの、ジャンプしながらのダンスは全く年齢を感じさせない。ちょっとばかりお腹の出てきたキースだって、負けるものかとロニーとのギターバトル。
でも、さすがに映画だけあって、メンバーへのアップのシーンも当然たくさんあって、ちょっと動きと皺の深さのアンバランスさを感じてしまった。

 ちなみに、一緒に連れて行った高校1年の息子は、父親がノリノリの音響の中、しっかり寝ていた。
その上、300席ぐらいの映画館に観客は私たち親子を含めて8人だった。これはちょっと寂しいよな、と思いながら「まだまだ行けまっせ!」と独り言を言って席を立った。

2009年5月3日日曜日

祖谷の里 リベンジの山 三嶺(みうね)

 四国・徳島 平家落人の集落の点在する祖谷の里にある「三嶺(みうね)」(1893.4m)へ出掛けた。
大阪-淡路島-徳島からは徳島自動車道・美馬インターから細くてカーブの多い山道を進み、奥祖谷 二重かずら橋のすぐ前にある丸石パークランドという宿に、数年前の台風で寸断された山道も、きれいに整備されて予想以上に早くたどり着く。この宿はかずら橋の観光土産物屋のついでに宿泊施設を付設して、色々と気を遣ってくれる奥さんと民謡のうまいお母さんでやっている、ちょっと失礼な表現をすると、パークランドと言うほどの規模ではないが、暖かな雰囲気の小さな土産物屋さん。昨年の同じ時期にも利用させていただいたが、残念ながら昨年は土砂降りのため目的の三嶺登山はならず、今年のリベンジとなった。
 隣にある日本百名山の一つ「剣山」(1995m)は5年前に登り、剣山から三嶺へ縦走も出来るが、今回は名頃(なごろ)という集落にある登山道から三嶺-西熊山-天狗塚と約7時間の距離を歩いた。ブナやトチのきれいな樹林を歩き、尾根に出ると一面のササ原で、晴天の元、緑のじゅうたんを敷いたような風景を進む。頂上は360°の眺望で四国の山々が全て見渡せる絶景。三嶺頂上からさらに尾根沿いに西に進み西熊山のお亀岩避難小屋で近くの水場のわき水をのみながら昼食、時々笛の音が聞こえて、高知県側から登ってきた方に聞くと熊が出たとのこと。そういえば、前夜丸石パークランドの奥さんに誘導されて、下山口まで車を置きに行ったのだが、その山道30分くらいの間に狸を轢きそうになり、ニホンカモシカにぶつかりそうになり、鹿もひょこひょこ出てくれば、ウサギを追いかけるシーンもあった。 









 この登山口「名頃」の集落のあちこちには、もともと案山子として作り始めた人形がひょうきんな表情で立っている(中には座っていたり、寝ているのもあるが)地元の名頃小学校の生徒が中心になり、「かかし工房」で作っているとのことで、色んなテレビ番組の取材が来て、それを見た観光客も増えているとのこと。                                            
平家の落人の作り出した文化の息づかいと、素朴な山里の風景はまた来たくなる場所だった。

2009年4月26日日曜日

コリアンスナップ その2

 初めて韓国・ソウルに行ったのが、20年以上前で、経済交流団の一員として出掛けたのだが、空港に着きバスに乗せられて、昼食時間に近い時間とは言え、いきなり宴会場に押し込まれた。その店がウナギの店で、なんでもその日はソウル市内で軍事演習か何かがある曜日で、昼の時間は外出禁止。宴会が進むにつれて焼酎の一気飲みがあちこちで始まる頃にも、外からはサイレンの音やスピーカーで何かを叫ぶ声が聞こえていた。
 そんな中で私が驚いて目が釘付けになったのは、網の上に横たわった大きなウナギの開き。少しずつ香ばしい匂いが漂ってくるその時!店のおばちゃんがバルタン星人みたいな感じで、演習の武器装備の代わりに使うのかと思わせるような大きなハサミを持ってやってきた!そして、おもむろに横たわるウナギを等間隔にちょん切っていったのだ。今ではもう慣れてしまったので、骨付きカルビやキムチはもちろん、冷麺だろうが牛の腸だろうが、長いものは何でも(この間は輪切りの大根のカクテキや韓国風お好み焼き「チヂミ」も切っていたな・・・)ハサミで切る国民だと言うことには驚かなくなって、反対に早くハサミを持ってきてと要求するようになったが、初めて見たときは驚きでしばらく放心状態だった。それも包丁で切るという常識の魚をハサミで・・・・
 その韓国風ウナギ網焼きに再会した。国際展示会場KINTEXのあるソウルの隣町高陽市の畑の真ん中にその店はあった。メニューには日本でもよく見るポリポリと酒のつまみにするウナギの骨と、ちょっと緑がかった飲み物「ウナギの肝の焼酎」が付いてきた。

コリアンスナップ その1

 韓国へはソウル、プサン、テグを中心に年に何度か出掛けるが、ソウルの街中からだと仁川(インチョン)空港より近い距離にある、北との国境付近には初めて出掛けた。
 かつて、西と東の存在するドイツに住んでいたとき、東ドイツの中にあるベルリンの街へ行くのに、東の国の荒涼とした風景の中、電車で移動したことがあり、金網越しに銃を持った兵士がたむろしていたりすると、それなりに緊張感があった。そんな感じをテポドンの国との国境付近に期待していたのだが、目的地の「臨津閣・自由の橋」と「都羅展望台」がなにせソウルからすぐ近くで、おまけに団体のバスのガイドのおばちゃんが「すぐそこが北国で・・・」「北国に住む人々・・・」などと「北国(きたぐに)」という表現を連発するので、千昌夫か吉幾三の顔がちらついたりして、ひたすらのんびりムード。
 北のあの人のやることだから、頻繁に規制や許可が入り乱れて、つい最近まで北の山に登ろうなどと韓国の取引先と話していたのに、今はそこまで行けなくなり、自由の橋を渡る線路を通って、ソウルからのツアー客のみ、専用の電車で板門店の手前まではいけるようだ。展示会視察のおまけで立ち寄った私たちは、観光客もまばらな展望台から川向こう距離にして500mも無いところの北の大地を、望遠鏡で覗くだけで「おっ!人が動いてる!畑仕事してる」などとはしゃいでしまった。それにしても、これだけ近い距離に首都のある韓国の人々は日々どう感じているのだろうか?「飛翔物体発射誤報!」などと慌てふためいている国民と違って、心が広いというか、最近激ヤセしたと言われるあの人がいる限り無理だとあきらめているのだろうか・・・・・

2009年4月22日水曜日

すぎたるは・・・・・

  桜の花びらが、時折花吹雪のように舞い散る吉野の里を抜けて、奥吉野の「伯母子岳」(1344m)に登る。 熊野参詣道、いわゆる熊野古道はいくつかのルートがあり、お供をつれての優雅な参詣道の「中辺路」は今でも人気の道だが、熊野三山と高野山を最短で結ぶ、いわば庶民のための経費節減の道が「小辺路(こへち)」。ただ、短いだけに険しい山道があり、標高1000m以上の峠を三つ越えなければならず、そのひとつが伯母子岳。
 さて、陽気の誘われて、杉花粉の季節はそろそろお終いだと、超花粉症の私にとってはちょっと思い切って吉野杉の本場の山に来てみた。だいたい他の地方の山々は杉などの植林は山の3~5合目あたりで終わっていることが多いのだが、さすがに本場!ほぼ頂上付近まで植林の森は続き、おまけに杉の次に花粉の季節を迎える桧の植林地でもあった。ポケット一杯に持参したティッシュは行程半ばで使い果たし、ハナタレと涙の登山になった。

やっと峠にたどり着いたら峠の名前はなんと「桧峠」

すぎたるは、桧のごとし・・・
帰り道すがらの「三里山の水」でちょっと一息。




缶オープンの不思議

今年初めてのプロ野球観戦にナゴヤドームに出掛けた。
ファンクラブの招待券での入場だけに席はそれほど気にしてはいなかったとはいえ、外野のもうほとんど最後部席、壁にへばりつくような席からは山の頂上に登ったようで、それはそれで見晴らしは良かったものの、選手の顔はもちろん背番号もおぼろげにしか見えないのは、残念。その上、外野の対抗チーム応援席側で、チームカラーのブルーと対抗チームのカラーのオレンジがまだらになっている。おまけに試合もいまいちぱっとしない・・・・

こんな時オープンエアーの球場なら周りの景色を見たり、夕暮れの空を見たりと気を紛らせれるのだが・・・と、ふと場内ビール売りのお兄さんの手元を見ると、妙な行動をしている。缶ビールのビールを紙コップに移し替えて客に提供するのだが、缶を空けるとき、当然プルトップの空け口を空けて、その後手のひらに、缶に大きな三角の穴を空けるための器具を持っていて、それで缶にいくつもの穴を空けている。
なるほど~!そうするとビールが飛躍的に早くコップにつげるのか!しばし、その手際よさに見入ってしまった。ちなみにゲームは終盤逆転されてひいきのチームは連敗。