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2010年7月1日木曜日

ドイツ・オーストリア紀行 その4 雨模様の狭間に

6月14日 チロル地方の山々を巡回して、ヨーロッパアルプスの果てしない山々の風景を、頂上から見たいと思って出掛けてきたものの、ほとんど毎日雨模様。ついでに、スキーシーズンはやんやの賑わいを見せるこの地方も、この季節、一息ついて夏の避暑客を迎える準備の時期。一気に登ろうと思っていたロープーウエイが「整備中のためお休み」とか、「この時期は人が少ないから次の出発は1時間後」とか・・・・
 Zell am See(ツエルアムゼー)という小さな湖の畔のリゾートタウンから、まずは足慣らしと標高3200mのKitzsteinhorn(キッツシュタインホルン)に向かうが、ロープーウエイが「営業は来週からでっせ!」との表示。仕方ないので、その山の中腹ちょっと上まで行くリフトで、行けるところまで行くとするかと登り出す。

途中の山小屋もまだオープン前で、人の気配もなく冷たい雨が時折降る中、標高1800m付近で突然大きな顔が目の前に現れびっくり!!かすかに四方からカウベルの音が聞こえるなと思っていたが、こんな山の上まで登って来て、「登山道?なんのこっちゃ?ここは平たくて横になるにはちょうどやがな」という感じで、道を塞いでいるが、人間の姿を見ても知らん顔。

まあ、こっちものんびり行くとするか・・・・と、麓のスーパーで買ってきた「SUSHI」(しっかりわさびと生姜付き)とサンドイッチを地元のビール「Edelweiss(エーデルヴァイス)」で雲の切れ目に見える麓の町を眺めながら食することにする

2010年6月21日月曜日

ドイツ・オーストリア紀行 その3 町の風景~ザルツブルグ

今回はドイツからオーストリアのチロル地方に向かい、そこら中にある山のいいところ取りして登ろうという魂胆でやってきたが、とりあえず国を超えてすぐに一息つくかとザルツブルグの町に入る。
ドイツでは高速道路アウトーバーンはどこへ行っても無料なのだが、お隣のオーストリアは住民以外は高速が有料になり、高速のサービスエリアの売店でその「Vinietto(ヴィニエット)」を購入する。
それでも日本の高速料金に比べ問題外に安く、最短の10日間ステッカーが1000円弱。
1ヶ月ステッカーや3ヶ月ステッカーもあったから、それくらいこの国で長期で休暇を取る人間が多いのかと感じた。

町をブラブラして見つけた看板 日本料理店「Tokyo」の看板だがなぜかペコちゃん。
寿司は巻き寿司が主流で、Bento Box(弁当)が人気のようだ。

なるほどなあ、と感心した風景。
町の中心部の教会前広場にある水飲み場、見ているとペットボトルを持った人がちょっと寄って水を汲みに来ていた。水が流れ込み溜まった石の水盤には、横に小さなものが二つ並んでいた。
そこで動物や鳥たちが水を飲むようだ。人のためだけじゃなく、色んな動物への配慮もあって、人と動物と鳥が仲良く水を飲めるようになっていた。

ドイツ・オーストリア紀行 その2 ちょっと一息

今回はミュンヘンの町中ではなく、空港に近くてミュンヘンから30キロくらい北東に行ったところにある町「Erding(エルディング)」に宿泊する。ここにもこの辺では有名なビール会社がありその直営レストランの屋外テーブルに夕方から暗くなるまでビールをちびちびやっていた。
私の知る限りのドイツでは、この手の中心街までの電車が1時間に2~3本程度の小さな町が、落ち着いて滞在できる。すぐ近くに散歩道があり、それを歩いて行くといつの間にか公園だか森だかわからない風景になる。そんな散歩道に、犬の糞を処理するための無料の袋が取り出せる箱が設置されている。

ドイツ・オーストリア紀行 その1 やっぱりビールから

6月8日にフランクフルトに降り立ち、レンタカーでマンハイム~フライブルグ~デュッセルドルフ~ミュンヘンと移動して、9~11日の間仕事をこなし、さて一息ついて「やっぱりビールだな」
毎回、ドイツへ来ると、ここのビールを飲むためにかつて住んでいたミュンヘンに行く。
 ミュンヘンの中心街、観光客で賑わうマリエンプラッツからちょっと歩いて、屋外にテーブルが並べられてなければ通り過ぎてしまいそうな古い建物が「Schneider Weiss(シュナイダーヴァイス)」というビール会社直営のビアホール。ミュンヘンには市内だけで9社のビール会社があると聞いたことがあるが、その中でも一番小さなメーカーかもしれない。歩いて5分と掛からない場所にあるアメリカ人と日本人観光客でごった返すホッフブロイハウスから比べると規模は10分の1くらい。
 ドイツへ着いてから毎日が快晴で「あなたたちがあたたかさを連れてきた」と何度も言われたくらい、その前の週の一桁台の気温から一変したようで、街中のビアホールやレストランは屋外にテーブルを出して当然昼間っからビールが飲まれる。
 そんな中、当然という感じで屋外の日よけのあるテーブルに座ると、ウエイトレスのおばちゃんが、「日本語のメニュ-あるよ」と持ってきた。「心と体を満たす食空間」という翻訳は非常に良くできていて、この店やミュンヘンの街をよく知ってる人が翻訳したのだと、開いてみると、中の料理の名前の翻訳やこの店の歴史を紹介したページなどは感心してしまった。
 そんなことより、とりあえずビール!しかもバイエルンでは当然「ヴァイスビア」
うまい酒はその原料の味がしっかりすると言う、その典型みたいな美味しいビール。
ちなみにこの日のミュンヘンの気温は28℃、前日居たフライブルグ周辺は30℃だった。
 街中にビールを飲むためにテーブルが出されると大道芸人や床に絵を描く絵描きが出没する。
この日は市の中心部にある王宮の祭りでもあり、協賛するビール会社の樽を馬で運ぶ姿も見られた。

2010年5月27日木曜日

熊がいた!クマガイソウ?百名山No.80「吾妻山」

5月22日、まだ雪はあるだろうなと思いながら向かった今回の「吾妻山(西吾妻山2035m)」だったが、山形県米沢市から福島県北塩原村に入ってすぐの白布峠の登山口付近はすでに雪が高く残っていた。今回はこの雪に難儀した。
森の雪原を登って行き、最近付けられたと思われる赤符と、木の高いところに付けてあるから、もっと雪の多いときに付けられただろうと思われる黄色のテープを頼りに、ひたすら雪を踏みしめ、水芭蕉の咲き出した湿原に出た。

雪道もいいかげんうんざりしてきた頃に、急に開けた西大巓にたどり着く。磐梯山とその回りの湖、はるかに雪に覆われた飯豊山がかすかに見えた。

反対側を見ると西東小屋と西吾妻山の頂上がすぐ目の前に見える。ただ、そこまでは全く登山道が見えず、雪庇のある斜面で、たいした装備も持って来なかったのでこれ以上は難しいと判断し下山する。
下りはひたすら、麓の温泉の事ばかりを思いながら雪道を滑り降りるように歩くが、これがとんだ災難になった。途中で赤符の確認を怠り、登りとは全く違った風景の谷に出てしまう。雑木林と笹藪をかき分けて、丘と小川を2つずつ越えてどうにか登山口に戻ってきたのは、予定を2時間弱遅れてのこと。
小さな磁石と携帯のGPS機能に助けられたものの、四方の視界を遮る藪の中で、情けないことに一瞬パニックに陥った。
そんな瞬間、距離にして20m位下の目の前を、一瞬黒い影が通り過ぎていった。
「あれ?今のは何?こんなところにワゴン車が通る道はないし・・・」足もとを見ると雪の上にくっきりと熊の足跡が残っていた。小川から上る風が妙に冷たく感じた。

さて、くたくたになって「滑川温泉」にたどり着く。渓流の川音の中、露天風呂で体を伸ばす。

翌日、カタクリの花でも見て帰ろうと土湯温泉方面に行くと、あちこちに「クマガイソウ」という看板が出てきて、「熊がいそう?おいおい、そんなおっかないのか?」などと思いながら、その実態を見に出掛ける。
クマガイソウは「熊谷草」のことで、なんだか大勢の人が群生地にやってきていた。
近所のおばちゃんが曰く、この花は「ヨメノコブクロ」とも呼んだそうで、何となくそんな感じのぼってりした花だった。

2010年5月18日火曜日

ヤマシャクの山 霊仙山(りょうぜんさん)

5月16日、伊吹山の雪もすっかり消えた晴天の元、琵琶湖の姿を少しでも大きく見たいと『霊仙山(りょうぜんさん)1083.5m』に登る。
琵琶湖に注ぐ川の一つの丹生川沿いに谷を登り、「漆ヶ滝」などいくつかの滝を見たあと、尾根に向かって急坂をよじ登り約3時間、霊仙山手前の「経塚山」に出ると一気に視界が開け、振り向くと伊吹山のどっしりした姿が視界を大きく陣取る。

途中で出会った登山者から2回「ヤマシャクがきれいですよ」と声を掛けられ、ヤマシャク、つまり「ヤマシャクヤク」の知る人ぞ知る自生地のようで、群生する花を何度も見る。

遠く琵琶湖の姿を見ながら、笹の道を三角点のある頂上へ。比良山系の山々が並んで見えて、
もう少し雲が少なければ、はるか白山の姿も望めるのだろう。

下りは美ヶ原から横道コースという山腹ののどかなコースを通る。途中所々に「作業用道具」が置かれていて、登山道の看板や時折ひとりごとみたいなメッセージの書かれた木の板がぶら下がっていたりして、ほとんど麓の上丹生バス停前「西出商店」さんのこの山を愛する気持ちから付けられたもだと感じられた。
ついでに、琵琶湖の夕日の写真も

2010年5月9日日曜日

塩の山から

 登山後のいつもの楽しみの一つは温泉
今回は大菩薩嶺の麓の町、甲州市(旧塩山市)にある塩山温泉の元湯『廣友館』に泊まる。
かつてはこの辺一帯の宴会を引き受けていたのかなと思わせる古い温泉街でも一番大きな旅館だが、時代をひしひしと感じさせる宿だった。

この塩山という町、その名前から塩がとれる岩塩の町かと思いきや、塩山温泉の裏山の「塩の山」(554m)からその名前は来ているとのこと。
この塩の山の麓には向嶽寺という大きな臨済宗のお寺があり、そこから続く遊歩道を上って行くにつれて、本当に盆地の平地の中にぽつんとある山を感じてくるが、昔から四方のどこからでも見えて、頂上からは四方が見渡せると言うことから、「四方の山」と言われ、それを高嶽寺を開いた恵光大円禅師が、「四方」に「塩」の字を当てたのが始まりとのこと。
塩山は武田信玄及び武田一族ゆかりの地で、信玄公が31歳の時、比叡山より大僧 正位を贈られた記念に、京から仏師を呼び寄せ自分の体を模刻させ、髪の毛を漆にまぜて彩色し、作られたと言われている武田不動像や信玄の墓のある菩提寺『恵林寺』を散策してくる。