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2009年7月7日火曜日

ドイツ紀行 その2 久々のマニュアル車

 6月27日15:30フランクフルト空港に関空から約12時間かけて到着、今回前半のたそがれオヤジ旅は、このフランクフルト空港で借りるレンタカーと初日のホテルだけしか予約はしておらず、とりあえず車を走らせて、面白そうな町や気になる場所にふらりと立ち寄り、日が暮れてきたらどこか近所のホテルに駆け込み、近所で適当に飲んで食って寝るとするか・・・・という気ままな旅。

 その初日のレンタカーが、左ハンドルになっても小回りがきき扱いやすいようにとVWポロあたりのリクエストをしてあったが、駐車場に待っていたのはオペルの何だか長い車体のツーリングワゴン車という奴かな?そもそも車に疎い私は何でもいいから乗ってしまおうとしか感じなかったのだが、これが問題の発端。左ハンドルで、ディーゼル車でマニュアル車ときて、その上車体が長いとなると、さすがに手強いものを感じてきた。まあ、どうにか慣れてくるだろうと、今夜の泊まりの町Wurtzburgヴリュツブルグへのアウトーバーンを使えば約2時間弱の道のりを走らせた。ちなみに、この時期のお天道様は夜9時半頃にならないと沈んでくれず、
天気は曇り時々晴れ一時雷雨という天気で、晴れたときは30℃近い温度になった。久々のマニュアル車だが、ギアの位置は当然反対だし、そもそも足も手も短い私には、信号で止まる度に、かつての自動車教習所で坂道発進の教習の模様を思い出させて、クラッチのつなぎも四苦八苦。しかも、ウインカーのレバーとワイパーのレバーが日本と全く反対で、雨が降ってワイパーだと思ったらウインカーを出していたり、右折しようと思ったらワイパーが動き出したりと冷や汗ものの連続。
 それでも、アウトーバーンでは180~200㎞/hのスピードで走り、目的地に着いたと思ったら、ホテルの手前100mくらいの交差点で、このオペル君はボンネットの中からもうもうと煙を吹き出し、ブスッと動かなくなってしまった。
後続の車のお兄さんが「煙が出てるぞ、危ないよ」とわめいてきたが、それじゃ消防車でも呼べというのか?とボンネットをおそるおそる開けると、エンジンの一部のカバーしてある樹脂の部分が焼けただれて、すごい勢いで煙が立ち上っていた。とりあえずレンタカー屋に連絡しようかと思ったが、電話がない・・・・と、心優しきそのお兄ちゃんが、助手席の彼女に一言二言文句を言われながら、レンタカー屋に連絡してくれて、しばらくすると大きな自動車積載車がやってきた。そのトラックのおじさんは「こりゃダメだな」とあっさり車を荷台に載せて、私は助手席に乗り、オペルのディーラーまで行くが、明るいとは言え土曜日のすでに午後8時近い時間。お店は閉店してるし、トラックのおじさんは自分の仕事が終わると、「たぶんレンタカー屋がくると思うよ」と言い残してさっさと帰ってしまった。なんとまあ、初日からこれだと、この先色んな面白いことが起こりそうだと妙な期待がわいてきたりした。過去にもこの世界遺産の宮殿(レジデンス)のあるヴリュツブルグの町は何度か来ているが、それほどいいイメージはないなと思いながら待つこと30分、こんな休みのこんな時間に何やってんだこのアジア人は・・・という感じで、オヤジがやってきて、小さなレンタカー屋の営業所に連れて行かれ、「今度はVWゴルフだから大丈夫だ、オペルはしょせんGMだからな」と新しい車の鍵を渡された。
 ホテルにどうにか着くと今日は車がいっぱいで駐車場は満杯です、と見るとクラッシックカーの品評会でもあるのだろうか、そこら中にゼッケンシールを付けた古い車が停められてあった。こいつらは持ち主がしっかり整備しているのでエンジンから煙を吹き出すこともないのかなと思った初日の幕切れ。

ドイツ紀行 その1 プロローグ

 和歌山の知人で、「ラインラント・プファルツ州経済省名誉代表」「和歌山日独協会副会長」という何だかおっかない肩書きの方から、ドイツに行かないか?とお誘いを受けたのは、梅の花も咲いたかどうかの春先のことだった。毎年春には、ハノーバーメッセという技術系の世界最大とも言える見本市があり、それに合わせて勉強のためにと会社の若い社員を連れてドイツの地には行っていたのだが、勉強のためだと思っているのは私だけのようで、言葉はもちろん、対外国人恐怖症的な社員を何から何まで面倒見ていると疲れてしまい、この不況の中無駄な経費を使うこともないと、しばしその流れはお休みしていた。ところが、仕事が絡まず個人的にお誘いを受けると、それなりにぶらりと行きたい場所も頭の中に浮かんできて、さしずめ今回のドイツ行きは、すでに風化してきている25年前の自分の足跡を、違った角度から歩いてみようと、思い立ったもの。6月27日に関西空港を出発し、前半の7月1日まではひたすら過去に住んだ町や思い出の場所を辿り、7月2日からは和歌山日独協会の今回のメインイベント、コーラス団のドイツにおけるステージとそれに関わる日独交流のオマケとして参加し、7月6日の朝関西空港に戻るという日程だった。

2009年6月27日土曜日

都会のそよ風 浅草・仲見世

 平日とは言え、夕暮れ時の浅草、雷門の大提灯から始まる仲見世は夕涼みがてら国際色豊かな観光客の人垣で埋まる。揚げ饅頭をほおばる制服の学生達、並べられた扇子を次々と開く白人女性、人形焼きの機械ののんびりした動き、流れてくる韓国語、中国語・・・・
浅草寺までの参道のこの道の人の流れにちょっとうんざりしてきて、表通りの商店街の一つ裏の通りに逃れる。

人通りのほとんど無いシャッターを下ろした店の一つに、そのシャッターの絵を描いているおじさんがいた。腰にぶら下げた袋には、商売道具の一式。筆が数本、ペンチ、メジャー、筆をぬらすための液体を入れてあるのか小振りの水筒・・・・

そのおじさんの脇にはきれいに白に塗られた自転車とその後ろにリアカー。
リアカーには数々の色の入った瓶がきれいに並べられ、それぞれの瓶はアクリルの立方体のケースに収まっている。リアカーの後ろには「NEW YORK TAXI」の看板。雑踏のひと壁向こうの静けさの中、彼の筆はゆったりと進められ、時折、涼しい風が通りすぎる。

2009年6月21日日曜日

駐車場封鎖事件!

 なんだか、ものものしいというか、平日のアイドルタイムに、ひたすら無駄な電気を消費している2時間ドラマみたいな響きになりそうだが、ゲートがあって、敷地の中の規定の白線に沿って車を停めるたぐいの駐車場でのちょっと前にあった出来事。
 金沢の繁華街の裏通りにそこに並んでいた映画館は全て閉館撤退したのに、名前だけ残っている「シネマ通り」という小路があり、今は映画館跡地に駐車場がいくつか町のど真ん中にのんびり間抜けな空間を作っている。
 そこから50メートルくらいの所に、109という某鉄道グループのファッションビルなるものが建っていて、ぬあんだかよくわからない、へそだか背中だかを出して、きらきらメッキの飾り物をそこら中にぶら下げて、日本女性の最大の武器である碧の黒髪をケトウ色(←これは差別用語ですかね?)にしたネエちゃんアンちゃん達の寄ってくるようだが、その最上階、といっても4階ですが、にある「シネモンド」http://www.cine-monde.com/というミニシアター系の小さな映画館があり、時々足を運んで、じっくり映画をかみしめています。全国にはこの手の過大広告なしのまじめな(あえてこう表現しますが)映画館がまだまだたくさんあるようですが、どこも経営は厳しいみたい。その日は確か日本映画『ぐるりのこと』を観て、ちょっとほのぼのとした満足感を抱えて外に出て、駐車場に向かった。入るときに受け取った(勝手に機械がはき出すのだけど)カードと精算のための小銭をいくつか握って出口のゲートまで行き、さて「カード投入口」にカードを入れようとすると、これがなかなか入ってくれない。えっ?なんでや?何度もやってみるが、やる度にカードはひしゃげていってよれよれになっていく、その瞬間、その「カード投入口」のカネゴンの口みたいな横一本の線の隙間に何か光るものがあった。何かと思い車を降りてそのカネゴン口をまっすぐの覗くと、ぬあ~んと!コインが横一列にびっしり挟まっていて、誰かがカードを入れるべき所にコインを入れてしまったみたいで、さすがカネゴン!と唸ってしまった。
 などとたわけた感心をしていると、後ろに3台同じようにこの駐車場を出ようという車が並び、「早くやってくれませんか!急いでるんですよ」と駅の券売機の操作のままならない老人に言うように怒ってきた。「いや、私も急いでいるんですが・・・」とにかくこのコインをほじくり出さねば!と、とっさに車から愛用の耳かきを持ち出し、それをカネゴン口に突っ込んで、コインを一つ一つはき出させていく、これがなかなか手強くて、なかなか出てこないくらいこの「カード投入口」にコインを次々押し込んでいった輩がいたことになる。そのうち、ちょっと前に電話で呼び出し、極めて面倒くさそうな声で対応してきた管理人なるオヤジもやってきて、オヤジが言う第一声「困るんだよね、こんなところでもたついてもらっちゃ、後ろの人たちの待っている間の料金も払ってもらうよ」「あのね、被害者は私もなんですよ!」
 さて、耳かき作戦は功を奏し、カネゴンはうっすら口を開けて、カードを待つ状態に戻り、いちゃもんオヤジも機械の中のリセット装置を押して、約30分くらいで外に出ることが出来た。しかし、誰がこんな事を・・・・改めてこの機械の表示を見ると、「カード」以外の文字は全て漢字で、カタカナも読めない奴がいたのか?まてよ、最近金沢も外国人が増えて、「おにいさん、マッサージいかがですか?」などというビザなしお気軽不法滞在者もいるようだから、漢字だけはしっかり読める民族の仕業かな・・・と、車のハンドルを握ろうとすると、拳の中手のひらにはしっかり30分の耳かき労働賃金、5枚の100円玉が汗まみれになっていた。

「赤」の記憶  

 「国民の立場に立った政治を・・・」などと休日にもかかわらず、言っている意味もわからない騒音をまき散らす宣伝カーが、ちらほら走り出したこの時期、赤をテーマにすると、某政党を支援しているのかと勘違いされるのでは、と思ったが、この就職難の時代に学生運動を引き起こす元気(もしくは余裕)のある学生も、組合運動で徹夜する労働者も少なくなったここ最近の風潮だから、そんな勘違いもないだろうとこのタイトルを付けてみた。
 以前、赤がコーポレートカラーの日本の航空会社には、乗らないことにしていると言うと、あの会社は大変なんだから乗ってやれよ、みたいなことを言われたことがあるが、基本的に私は赤という色が生理的に極めて節操のない、それでいて何ら芸もない色だと思っているのであの会社の飛行機のマークの色がオレンジ色くらいになったら乗るかもしれない。
  思い起こすと私にもそんな時代があったのだが、保育園の時代だったか、お絵かきの時間があり、「みんな仲良く遊んでいる風景を描きなさい」というようなテーマを与えられ、絵を描くことが好きだった私は、意気揚々と完成した絵を先生の所へ持っていった。他の園児たちもわれ先にと、先生の元に駆け込んできて、みんなの絵が並べられていった。並べられた絵をみんなで見比べ、先生も一つ一つ眺めていた、とその時、一瞬沈黙があり、「これは誰が描いたの?」という質問と共に全員の視線が私に注がれた。などと文章を書いていくと「そんなに詳しくおぼえてるのか?」と突っ込まれそうだが、そうです、実際それなりに脚色してます(笑)
  でも、次の園児の誰かの言葉は衝撃に近いものがあった。「なんで、お日様が■黄色いの?」なんで?なんでって・・・・えっ?別に■黄色いから■黄色で描いただけ。
それで他の子供達の絵のお日様を見ると全員クレヨンケースから取り出したままの「あかいろ」を使って塗りたくってあった。反対に私は聞いた「何でお日様が赤いんだ?そんな風に見えるのか?」実は、私には燦燦と輝く太陽の光は白に近く感じていたが、白だと画用紙の色と同じだから見えなくなるし、時々くすんで淡いクリーム色になると思っていたが、残念ながら12色のクレヨンにはそんな色はなく、■黄色を一度塗った上に白を塗って表現していた。ところが衝撃は続いていく「太陽は高い温度で燃えて光を出しているから赤です。」と先生。そうだよ、燃えているんだから赤いに決まってる、と園児達も続けてわめきだす。それでも私には決して赤には見えない・・・・
 それ以来、クレヨンの色そのままの赤や絵の具のチューブの「あかいろ」から出したそのままの赤は私のとって「節操のないバカ」の色である。だから、赤い色の車に乗っている人は少なからずバカに見えて、赤いMマークのハンバーガー屋に列を作る人種は私には考えられない「たわけ」の群れ。
 あかね色、えんじ色、朱色・・・赤に近い色は自然界の中にも、日本古来の史書や文学作品の中にもたくさんあり、それらはそれらで自然に映るが、燃えているから絵の具チューブから出したままの赤だという考えはいまだに理解できないし、そんな安っぽい燃え方しかできない人間が増えているのは寂しい限りだ。
↑上の「赤」の字の一つだけチューブから出した赤色じゃないものがありますがわかるかな?

2009年6月7日日曜日

山行記録 戸隠山

蕎麦で有名な戸隠には、以前登った「高妻山」とその隣には今回の「戸隠山(1911m)」がある。(山の地図には標高1904mとあるが、現地の標柱は1911m。数字や名称の表記など、この辺の統一ができないものかと山に登ってよく思う)駐車場から登山口のある戸隠神社奥宮までは、そもそもが神社の参道で、太い杉の並木が続くが、これが結構長い距離。登山道に入るといきなり傾斜がきつくなりり、標高を400mくらい登ると大きな岩が壁になって出てくる。五十間長屋、百間長屋と表示してある、お地蔵さんの守る壁が続き、今回のハイライトのクサリ場が連続して出てくる。クサリが無くても、一歩一歩進めばそれほどでもないのだが、何時しかクサリを頼ってしまう。クサリ場が済んで一息、と思いきや今度は幅が50センチほどの断崖絶壁「蟻の戸渡り」で、足もとには登山口の奥宮をはじめ、鏡小屋それを囲む森が広がっていて、足がすくんで半ば這いながら移動する。
どうにか頂上にたどり着くと以前苦労して登った高妻山の姿がきれいに見えた。こんなにきれいな山だったのかと改めて感心。

さて、山に登る度に思っていたのは、色んな花が咲いているのに全くその名前を知らないこと、もしくは誰かに聞いてもすぐに忘れてしまう。基本的に余り花に興味がないのが正直なところで、今年はそこら辺の知識も多少は学んで、えらそうに「おっ!**が群生しているではないか」などとさり気なくつぶやいてみたいものだと思い、今回はあちこちに薄紫の花を咲かせていた「シラネアオイ」(シラネアオイ科多年草)

そうそう、戸隠山も二百名山で、これで二百名山26個目

2009年6月2日火曜日

「道の駅」マニアとして

 山に登り、名水を汲んで、温泉に浸り、地酒で一杯・・・・
これが私の山に向かう楽しみの流れだが、一つ忘れてはならないのは「道の駅」をのぞくこと。
最近は色んな形の施設が増えて、温泉が併設されていたり(というより道の駅がおまけのよう)、博物館や郷土資料館が横にあったり、時にはちょっと驚くものもある。

私が思う正しい「道の駅」の条件として、
①地元の取れたての農作物が並べられている-これを目当てに大勢の方が近隣や遠くから出掛けてくる。新鮮な野菜は大体午前中で売り切れてしまう。この農作物、生産者の名前や時には顔写真が表示してあるものに限る!中には全く違う土地の作物や中国産の乾物が平気で置かれているところがあるが、あれはいただけない!

②地元の名産品、工芸品が並べてある-これまた、お土産のネタにはもってこい!伝統的な木工品や地元のおばちゃんが作った団子、いつも他の土地と比べながら購入するハチミツ、そば粉、イノシシの肉、初めて見るものも多く、こんな風に調理するのか!と唸ってしまうものもある。それに高速道路のサービスエリアのショップと大きく違うもの、そうです地酒が堂々と売っている!

③地元の食材を使ったレストラン-私はそれぞれの地方を比べるとき、先ほど述べたハチミツと共に豆腐をスーパーによって買うのだが、水が命の食べ物はまさにその土地を表現している。そばやうどんもそのたぐいで、道の駅のレストランはなかなかのもの。ところが先日どこだったかで意気揚々と乗り込んだレストランのメニューを見てびっくりした!「スパゲティ」「ハンバーグ定食」「カツ丼」・・・人をなめとるのか!こら~っ!と思わずわめいてしまった。
④地域の道路、観光情報-本当はこれが基本的にそろってないとその存在意味が疑われるのだが、ショップに力が入りすぎて、こちらがおろそかになる傾向もある。壊れたままの大ビジョン地図、ランダムに積み上げられた観光地の美術館とかホテルのパンフレットなどなど、せっかく周りが風光明媚で空気がきれいでもついでに作った感じのある情報発信基地は寂しさを感じさせる。