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2009年9月17日木曜日

忘れないうちに 朝の風景

毎日の散歩で通る「伏見川」の川原。彼岸花がニョキニョキと日を追うごとに増えていて、鮮やかと言えば鮮やかだが、華の形からどうしても演歌歌手の厚化粧を想像してしまう・・・・。
このマンジュシャゲ(曼珠沙華)という花にはリコリンというけったいな名前の毒があるとのこと。う~ん、見るからに「悔しかったら取ってみろ!」と毒をまき散らしているようだ。

同じ川原にハーブ系の匂いのする花が咲いていた。葉っぱはどこかのハーブ園で見たような記憶があるが、さてこいつは何者だ!?

2009年9月6日日曜日

尾瀬の初滑り?

8月29日、もうそろそろ観光客で一杯のゾッとする光景も収まっただろうと、突然思い立って福島側から尾瀬に向かう。日本百名山の「燧ヶ岳(ひうちがだけ・2356m」と「会津駒ヶ岳(2133m)」に登ろうと向かう途中の東北道で、すでに冷たい雨が降り出し、登山口の御池ではしっかり雨具を装着しての出発となる。
尾瀬の風景の写真に、とってつけたように出てくる木道、もちろん湿原の動植物への影響を考えての設置だろうし、風景としてはそれなり美しい姿を見せるが、この木道が雨の日には、誰がこんなものを作ったんだ?ちょっとは考えて作れ!とわめきたくなるほど、つるつるのアイスバーンと同じような状態になる。金沢弁でいえば「きんかなまなま」ならぬ「木がなまなま」雨は激しくなり、視界を霧が覆い、季節と天気でこれほどにもなるのかと思わせるように、人が誰もいなくなる。なんだか、仙人がひょっこり出てきて手招きしそうな世界。

体が寒くならないうちに登ってしまおうと焦ったところで、見事に滑ってしまい、しっかり足首をひねってしまった。翌日は会津駒ヶ岳にと思っていたもくろみはあっさり消えて、それでもとりあえず百名山74個目の登頂。

 



ワインとMikanの話

 そもそも弱いくせにお酒は好きなのだが、食事の場合「最高の美食は空腹!」と思っているのと同じで、最高の美酒は喉の渇き具合と強いて言えば原料の味がするかどうかで決まると思っている。
だから、どこ産だの、どのブランドやシャトーで、何年ものがどうのこうのと、うんちくをたれているヒマがあったら、さっさと渇きを癒すために喉に放り込め!という育ちのわかる節操のない飲み方しかできない。ビールは麦の香りが口に泡立ち、日本酒は米のふんわりとした味がして、芋焼酎は芋のほのかな味がして、ワインは、おおブドウ君じゃないか君は!と思えるものがいい酒だと勝手に信じている。
 さて、話は今年7月のはじめまで遡るが、ドイツのワインがふんだんに飲める地域に滞在した。残念ながら、過去にドイツに数年滞在していたものの、ほとんどがビールを普段の飲み物としている地域バイエルンでの生活だったので、ドイツワインが美味しいといわれても何ともピンと来ないのが正直なところ。ただ、たった一度、スイス国境とフランス国境に近い町、ドイツワインの産地でいえばバーデンワインの南限に1ヶ月だけすんでいたことがあり、何とその時期はちょうどワインの新酒まつりの時期で、毎日町のあちこちに出ているワインの屋台で飲んだくれていたことがあるが、町を取り囲むブドウ畑のブドウ達が「いつのまにかこんなになったか!よしよし・・・」と新鮮さだけに感動して飲んでいた。
 
 そんな私が、ドイツワインの本場「ナーエ地方」の町バード・クロイツナッハ(Bad Kreutznach)で開催された州(ラインラント・プファルツ州)の祭りに、和歌山から乗り込んできたコーラス団のあやしいオマケとして2泊3日を過ごしたのは、貴重といえば貴重な体験。
ナーエ地方はモーゼル川とライン川にはさまれたナーエ川流域で、鉱石や宝石も産出するような土壌で色んなバリエーションのワインが楽しめる、とものの本には書いてあるが、私には安くて旨ければ文句なし!
その和歌山のコーラスグループ「Mikan」は、私の見る限り平均年齢50才は超えてはいるが、一年間この日のためにと練習を重ねた成果は、はっぴと浴衣に包まれて燃えるような塊となって、公演会場のホールの観衆を釘付けにしたようだ。その上、地元のゴスペルチームとのジョイントステージもあり、前日に一度だけリハーサルをしたとは言え、これがまた、洋と和の絶妙なバランスで、歌が披露され、鮮やかな浴衣姿と白一色のステージ衣装の競演に拍手喝采で無事文化交流も成功。なにせ、和服姿の団体がいること自体、町の注目の的で、それが州のそこら中から祭りのためにやってきた人々の目にも鮮やかに映り、公演後はヒーローとヒロイン状態で町のあちこちから声を掛けられていた。
翌日の地元の新聞には「うなり声とハーモニー」というタイトルでソーラン節を歌ったときの様子が大見出しで載っていた。





利賀村の一夜

ブログは本来日記のように日々を記録していくはずが、なかなか出来ないものというので、これは記録しておかなくてはと思って溜まったことの連続。
 まずは8月22日(土)に富山の南砺市利賀(旧利賀村)で開催された、SCOT Summer Season 2009の演劇『廃車長屋のカチカチ山』
劇団「SCOT」(SUZUKI COMPANY OF TOGA)はその名の通り演出家<鈴木忠志>率いる劇団で、その活動拠点を富山の山奥の利賀に移して30年以上になるとか・・・・そういえば初めて『利賀フェスティバル』を観に来たのも学生時代のことだから、それくらいからやってるんだなあ、主幹の鈴木氏もさることながら、その頃からいる劇団員も老体に鞭打ってを感じさせるくらい、頑張ってわめいている。私が見る限り極めて肉体派の芝居を、マイクなしでわめいて表現する劇団で、団員も国際的なら活動も海外にまで広がっている。ふるさと創生の話に乗ったり、地域の援助やスポンサーを募ったりで大変な時期もあり、ここ数年、毎年必ず届いていた『利賀フェス』の案内が来ないなあ、とは思っていたが、久々にSCOTの文字が大きくタイトルアップされた案内が届いた。大小合わせて9個ある舞台を使い開催されるプログラムのうち、地元の人も海外からの観客も、待ち遠しくて仕方のないのが野外劇場でのステージ。これまではこの屋外ステージは『世界の果てからこんにちは』という芝居がメインだったのだが、今回は再出発の意味を込めて新作『廃車長屋のカチカチ山』での公演。

この野外劇場での最大の呼び物は劇中に惜しみなく打ち上げられる花火と懐かしい歌謡曲数々(特に島倉千代子の「からたちの花」は最高だ!)に乗って表現される芝居。

パンフレットにあった新生SCOTの目標とするところ。①日本ではまだまだ成立したことのない多国籍国際劇団を作り活動すること。②そのために国際交流ではなく国際化した地域の成立を目指し、施設を改善し新しい運用ルールを作ること。③そのことを通じて、国際化時代における芸術文化活動の未来に先取りした成果を、世界の芸術文化に携わる人たちに示すこと。開演の鈴木氏の挨拶に会場のあちこちから「死ぬまでやれ~!」との声が飛んでいた。
そうそう、忘れていた!野外劇場での公演のもう一つの楽しみは樽酒の振る舞い。公演後ステージには大きな樽酒が二樽。ギリシャの姉妹都市の市長と南砺市市長による鏡割りと共に来場者に一斉に振る舞われた。入場の際にプログラムと一緒に紙コップが配られたのはそれに使うため。


2009年8月17日月曜日

連日の百名山 ~仙丈ヶ岳・甲斐駒ヶ岳 2日目

 前夜、屋根にある電灯のスイッチを部屋中探したがどこにも見つからず、あきらめて夕闇を迎えたが、何だか強制収容所の起床点呼みたいに(といっても経験はないのだが)早朝というか深夜というか3時過ぎに、我々7名貸し切りの部屋(これだけは山小屋としてはいい待遇だった)部屋の電気が点灯され、こういう事かと感心しながら、8時間近くも寝たのはすこぶる久しぶりだとまたまた感心したりした。
夜明け近くに他の宿泊客は早々に出発して、さて、私たちもと登山靴を履いている頃に小屋のオヤジが話しかけてきた「こんなに遅くに大丈夫かね?甲斐駒は8時頃から頂上はガス(霧)に包まれるんだよ」「な~んと?早く言ってよね・・・」そんな記憶に残る仙水小屋を出発したのは5時10分。
 浮き岩ごろごろの道を進むこと20分で仙水峠に到着、目の前に甲斐駒ヶ岳の隣に立っている岩峰「摩利支天」が姿を現し、そこから急坂をゼイゼイ言いながら1時間半で駒津峰に到着、少し前から後ろを振り向く度に大きくなる北岳、間ノ岳と富士山の影と日本の高い山1着、2着、4着がそろい踏みで見えて、片や木曽駒ヶ岳、槍ヶ岳などのや穂高連峰の山々まで見渡せる絶景の場所。(写真の木に止まっている鳥は何という鳥かな?その後ろが北岳、間ノ岳)
そこから、目の前に立ちはだかる甲斐駒ヶ岳の巻き道を、足もとが砂に近い細かい石の道になり、甲斐駒ヶ岳(2966m)頂上に到着したのは8時40分。どうにかガスが登ってくる前に絶景が見れた。鳳凰三山とその奥に富士山。鳳凰山の尖った岩峰「オベリスク」もしっかり見えている。周りを見渡すと八ヶ岳・赤岳がすぐ近くに、遙か北の方に立山も見えていた。

標高2800mを越えると過去に何度か典型的な症状が出たので気になっていた高山病が来てるな、と感じたのは私だけじゃなかったようで、早々と頂上を後にして、下りは双子山を経由して、長い下りのジグザグを降りる。高校生以外の全員は疲労度もピークに達していて、時折、「あれは何か建物だ!」と幻覚が見えたりした(笑)
 このグループとはすでに3年以上同行させてもらっていて、登山の経験も豊富で植物や全国の山の名前もコースもすらりと出てくる強者ばかりだが、いつも最大の目的は下山後の風呂と酒と飯というグループで、私にとってはただ頂上をひたすら目指すだけじゃない楽しみが性に合っている。で、この夜は趣向を変えて、というより、この長野県伊那市、山梨県南アルプス市にまたがる南アルプスの地にまだ誰も宿泊したことが無く、唯一、私が過去に台風の夜、伊那市駅前のビジネスホテルに泊まったくらい。結局、ここしか近くになかったという感じで、30分車を走らせてもコンビニの見つからなかった山奥の村で、ホルモン焼き屋をやっている店が、別荘だった家を素泊まりの宿泊施設にしている『平家の里』という所に泊まったが、これが大正解!!長い下山道でも「今日は焼き肉とモツ鍋が待ってます!」と励ましの言葉にしていただけに、村の火葬場の横を通り、車のナビが表示する道が無くなったその奥まで行って荷物を下ろして、隣の廃屋を眺めて「今夜は平家の落人の亡霊が出るな・・・」などとつぶやきながらも、こんな山でよくぞここまで出来たと唸らせるホルモンをはじめ肉の新鮮さは七輪での焼き肉といい、中国の火鍋風の辛いのとそうでないのを仕切ったモツ鍋といい最高だった。お酒も焼酎をはじめ色んなものがそろっているし、デザートのアイスクリームも最高で、何よりも東京出身の若い店主のお兄さんと、元気で明るくテキパキ店を切り盛りする北海道・室蘭出身の奥さん。ここはまた来たいな、と思ってるのは私たちだけじゃないようで、八王子から来たという同じ所に宿泊した10人くらいのバイクツーリングのグループは毎年ここに来ていると言っていた。 今度は鳳凰山か北岳に登るときにまた来ようと思った。
終わりよければ全てよし、の百名山73個目の登山だった。

連日の百名山 ~仙丈ヶ岳・甲斐駒ヶ岳 1日目

 8月14日、前日の宴会のアルコールも抜けきらない深夜1時に金沢を出発し、南アルプス林道バス「北沢峠」行きバス停のある仙流荘の駐車場に到着したのは午前5時半近く。早朝にもかかわらず駐車場は半分ほど車で埋まっていて、6時の始発のバスに乗るため、すでに30人ほどの列が出来ていた。ちょっと大きめのマイクロバスに揺られて50分、仙丈ヶ岳と甲斐駒ヶ岳の中間点にある北沢峠に到着。この二つの山は、去年、一度麓の伊那市に前夜入りしたものの、台風が急接近し、やむを得ず登山を中止した場所で、快晴の空、リベンジにもってこいの日になった。
 今回は『白山の自然を考える会』のメンバーで登山好きの有志の会『光の会』の山行で、参加メンバーは医師、弁護士、教師、介護士、会社員と色んな業種の総勢7名、同行の弁護士ジュニアの高校生を除くと平均年齢55~56際くらいのグループだが、やっぱり高齢者の登山ブームだけあり、途中に出会うグループでは私たちは若い方だったかもしれない。
2合目、3合目と順調に進み、5合目・大滝頭に約1時間半で到着、樹林帯から高山植物の花々が多くなる頃、小仙丈ヶ岳に到着、
目的の仙丈の山を臨み、ここまで出発から丁度3時間。ようやくアルコールも抜けて、足取りも軽くなる。
さすが自然を考える会だけあり、高山植物の名前を次々と教えられるが、そんなに言われても覚えきらない、とつぶやきながら今日はこれだけ覚えていこうとデジカメに収める。
白く立ち上がった形の花は「トウヤクリンドウ」、青い花が「イワキキョウ」
ほぼお昼近くに仙丈ヶ岳(3032m)頂上に到着。
太古の昔、氷河が削り取った大きくてきれいにえぐれたカールの一つ「藪沢カール」を上から下から眺めながら樹林帯の下山道を進み、出発点の北沢峠を越えて、今度は反対側の甲斐駒ヶ岳への登山道にある本日の宿泊所『仙水小屋』に到着したのは午後4時半を過ぎていた。
「遅いから他の人が待っているんですよ」とせかされて、汗ふく間もなく夕食。いくつかのガイドブックではこのあたりの山小屋では「食事が一番美味しい山小屋」との評価が高く、単調に繰り返される下山道のジグザグも、この山小屋は登山口から近く食材も豊富なんだろう、それだけうまい食事が待っている!と頑張ってきたのに、出されたものは、特にこれまで経験した山小屋と何ら変わりもなく、出来てるものをただ並べただけという感じは食事の暖かみが無く、がっかりした。せめてもとビールでのどを潤そうと缶ビールのプルトップを空けるとき、「明日の朝食は3時半です!」と聞かされて、またまたびっくり!文句言うヒマもなく、寝不足の体は7時過ぎには寝入っていた。とにかく、百名山72個目を登った。

2009年8月8日土曜日

朝・・・じゃなく、夜の風景 in 台風の台北 

 5日間もあれば、それなりの朝の風景も拝めると期待して乗り込んだ台湾・台北は、台風直撃でもろくも風雨に流されてしまった。
台風そのものは、日本にいても毎年何度か経験する程度のもので、飛行機も鉄道も止まったけど、バスは根性で動いているなら職場に向かうか、危なければ職場に毛布でも持ち込んで泊まり込もうか、という感じのレベルの台風だが、こちらに来て驚いたのは各地の政府、台北なら台北市と台北懸が、「台風のため、明日はお仕事中止!」と宣言してしまうのだ。それも2日続けて。これには驚いた!南国の雰囲気漂うのんびりした島国だとはいえ、外貨準備高が3位だか4位の国がこんなに根性無いのかと。なんでこれくらいで休みだ?と取引先に聞くと、看板や木は倒れるし外に出ると危ないからとか、川の数が少ないのですぐ洪水になる、との回答。それなら見るからに情けない看板類や木々の間伐などしたらどうなんだ、ダムや治水事業は優先すべきじゃないのかと言ったが、あっさり「無理」との回答。 商売するには間違った相手かも、と一挙に引いてしまった。(写真はテレビのニュースの画面だが、下の方に台南懸8/8は仕事停止の文字)そのテレビニュースも、町の木が倒れた!とか言って若いアナウンサーが風雨にあおられながらレポートしていて、日本でも同じ事やってるなと思いながらも、この大げさな表現はどこかで見たぞ・・・そう、台湾のニュースのトップ3には入るだろうが、台湾の女性国会議員が国会内で他の女性議員の髪をつかんで喧嘩しているあのシーンだ。
 しょうがないので、夜繰り出すか、と観光夜市なる地域に出掛けてみたが、ソウルの南大門やシンガポールの中華街、バンコクのナイトマーケット、尼崎商店街とそれほど変わりなく、おっ!これは何じゃ?という面白いものも驚きもなく、お薦めだという「臭豆腐」(特に臭いとは思わなかった)とお好み焼きのつぶれたようなものを食して帰ってきた。 ちょっと立ち止まってしまったのが射的の店くらいかな・・・・
台風のせいで、海外へ行ったら寄ってしまう生鮮市場や一般消費者の行くスーパーマーケットはお休みのようで、しょうがなくちょっと高級なデパートの食料品売り場に行くと、ここも目立つかなと、上海で経験しているので多少は覚悟していたが、台北の売り場は半分以上が日本製。これまた、つまんない、とつぶやき、ミュンヘンのビールを買って部屋で飲んでいた次第。ちなみに、その休みの中、傘を差してデパートまで歩いて10分。どこが台風?という感じ。 ついでに言うと、8月8日は8・8パーパーの日で父の日。台風で休業の中、街中で父の日を祝う家族連れを相当見た。
 そいえば、台湾も当然中国語圏だが、中国本土でも台湾でも、漢字の表現が面白くて、なるほどとほほえんでしまう言葉がある。例えばスーパーマーケットは「超市」、貿易センターは「貿易中心」、ドライアイスは「乾氷」、ホットドッグは「熱狗」・・・・・中でも、いつもその文字に絵が隣り合わせにある表示が「小心地滑」。英文が添えてあるので、(床が濡れているから)滑らないようにご注意!とよく見ればわかるのだが、小心という文字のイメージと滑っている絵を見ると、「滑ってやがんの、情けね~」と言う表示に見えて、いつも顔がゆるんでしまう。