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2009年12月9日水曜日

大雪の砌

 季節はもう「大雪」だというのに、まだ金沢は雪がちらつく気配がない。
生臭さが温度の絡む空気に乗ってくるという理由で、魚介類がそれほど得意ではない私にとって、冬の時期は安心して口に出来る季節なのだが、今年はなかなかそちらに頻繁に箸が延びない状況。
 それでも「R」の付く月に入ったからと、各地で牡蠣を食する。なぜか京都で伊勢湾の牡蠣をいただき、広島では瀬戸内の満干の差の大きな汐で育つ牡蠣を、そして、やっぱり私には、日本海の冬の寒さが育てる能登の牡蠣が一番美味しく感じる。ということで、牡蠣を食べに能登・中島に出かける。この旧中島町(現・七尾市中島町)は、秋の二ヶ月間、仲代達也率いる無名塾の『マクベス』が、演劇のためのホール「能登演劇堂」連日満席の中公演されたが、それが終わるとひたすら海風と静けさに包まれる町になる。そんな町の海岸沿いの道路には「かき」の幟(のぼり)が所々にはためいていて、数年前からひと冬に2~3回訪れるのが『海』というお店。牡蠣の酢の物、殻付き牡蠣の網焼き一人10個、牡蠣フライ、牡蠣の釜飯、もう一つ何か小皿があったな・・・・このコース料理で3000円なり。冬になると東京、大阪など太平洋側の人々から、「カニだカニだ、カニ食いに日本海に行こう!」などとわめかれるのだが、食べ放題!だと銘打って、去年獲れた冷凍物を、それもロシアだか北朝鮮産を、スカスカ身のものをひたすら囓ってしゃぶって高い料金を払うくらいなら、牡蠣のコースを腹一杯食べるのがよっぽど冬を感じられると思う。とりあえず、このぷりぷり感を感じてもらいたい。












ぷりぷり、といって思い出したが、言葉で表すと「ぶよぶよ」の方があたっているものが、途中に立ち寄った千里浜の「なぎさドライブウエイ」の波打ち際に大量に打ち上げられていて、車のタイヤも時折スリップするくらいだった。そのぶよぶよはエチゼンクラゲ。ニュースでは今年は大量発生して、日本海を北上し、津軽海峡を通過して太平洋側を南下しているとのことだったが、海岸見渡す限りクラゲの亡きがら、カモメも食わないこの風景を見ると 実感がわいてきた。












2009年11月23日月曜日

済州(チェジュ)島の黒豚

これまた、忘れないうちに、今年2つ目の海外の山の記録。

 11月1日に韓国・済州島のハルラ山に登った。韓国で一番標高が高く世界自然遺産尾山なので、以前から登ってみたかった山に、はるばる大邱(テグ)から取引先社長キム親子が案内役として付いてきてくれた。登山口から頂上までの標高差が1300m位だが、登山道の距離が長く、登るのに苦労する山ではなかったが、予想以上に、紅葉はもうすでにシーズンを終えようとしているような殺風景な景色が続き、それの追い打ちのように「世界遺産バンザイ!」のように木道が敷き詰められていて、誰でも来てくれアンニョンハセヨ状態で、実際にほとんどハイヒールの女性とか、百均で買ってきたのか?と思うような薄っぺらなビニールレインコート?に身を包んでいる半ズボン若者団体など、ちょっと行ってみるか・・・・といった感じの登山客が目立った。 観音寺登山口から朝8時半に登りはじめ、頂上手前、標高1100m近くのヨンジンモクという避難小屋跡地(なんでも数年前の台風で跡形もなく吹っ飛んだと解説してあるが、それなら早く作り直せ!と誰も言わないのかと不思議に思った)で気温は急激に下がり、手袋がない状態では手が動かなくなり、霧が立ちこめ、うっすらと霧の中にカラスの集団がたたずんでいた。木道階段を前に進むにつれ、風が非常に強くなり、立っていられないくらいになるが、それでも次々と百均グループがやってくる。なんだか人がわっと集まっているので、ここが恐らく頂上だろうと言うところに到着し、頂上の標識だろうと思われる木の前でそそくさと記念撮影をして、早々に降りてきた。下りは違う道をと成板岳コースを下るが、こちらも木道しっかり登山道で、だんだんつまらなくなってくる。




帰りの飛行機の時間があり、大丈夫かと心配しながら、下って、登山口到着が午後4時過ぎ。早く空港へ行かなくてはと焦る私をよそに、キム親子は管理事務所らしきところで、なにやらごそごそやっていたが、やがて一枚の紙を手に戻ってくる。それが、写真のハルラ山登山証明書。何だか、沖縄の首里城で記念コインをもらったような気分に近かった。












 とりあえずどうにか無事登って来れたのも、前日食べた名物の黒豚のおかげかも・・・・焼酎の銘柄も「ハルラ山」


2009年11月15日日曜日

ふと、目にした文字から


流れる風景の中や、膨大な文字の中に、ふと、目に止まる文字が時々あるが、今日はそんな文字をスーパーのワイン売り場で見つけた。たまたま、「今日のお薦めワイン」のコーナーにそのワインがあり、アルファベットではそれほど気にならなかったかもしれないが、カタカナで説明が書いてあったので、そのコーナーの前を通り過ぎようとした私の意識にビビっと引っかかってしまった。
「YECLA」こいつがその正体だが、説明を読むとスペインの町の名前らしい。調べてみるとありました、スペイン・バレンシアのちょっと南にある町http://www.bing.com/maps/default.aspx?q=YECLA&mkt=ja-JP#JnE9eXAuWUVDTEElN2Vzc3QuMSU3ZXBnLjEmYmI9NDAuOTA4MTY0NTY5NzM3OSU3ZTEuNTIzMDk3MDgyOTcyNTMlN2UzNy4zMjk1OTc1Mjc1NDI5JTdlLTQuNTE5MzgzMzg1Nzc3NDc=でフルボディの赤ワインの産地であるらしい。ついでにスペインワインのサイトを色々見てみたらわんさかこのYECLAが登場してきて、何だか嬉しくなり、カタカナで表示された文章が次々に出てくると、ちょっと赤面するくらい恥ずかしくなったりしてしまった。何だかこの「イエクラ」という町の市長にでもなった気分だ。にわかにスペインに行きたくなったし、スペインワインも身近に感じてきてしまった。

2009年11月8日日曜日

カントリーステップ

 ゲストとして名を連ねていた渡辺香津美のギター聞きたくて買ったコンサートのチケットだが、そもそもメインのミュージシャン「トミー・エマニュエル」という人物はどこの誰で、何を演奏するのか、名前からして繊細な感じのピアニストか?などと色々巡らせながらも、早く香津美のギターが聞きたい!という一心で出かけた大阪厚生年金会館。ついでに言えば、このホールのある一帯は大阪西区で、得意先が多い地域なので日中明るい時間にはよくうろついているが、夜の風情もかつては色街だけあってなかなか風情がある。
 さて、会場に入るなり驚いたのは、メインの彼は香津美と同じギタリストで、あの香津美も「ぶっ飛んだ!」という凄いミュージシャンだと書いてあるパンフレットを見ながら、ステージでは見たことのない若い前座のギタリストがソロで演奏する姿が。このもしゃもしゃヘアーの前座のあんちゃんがなかなかの凄腕で、あららあららと見ているうちに、今度はカウボーイハットが似合うような、消防士のユニフォームが似合うようなごっつい感じの栗色短髪ガイジンオヤジが現れ「マイドー・モウカリマッカ!」と拍手喝采の中でのたまった。えっ?ギョギョ、こいつがエマニュエルか?こいつの奥さんはエマニュエル夫人か?とおったまげてしまった!

小柄な香津美とは対照的に、大柄のトミーはちょっと小振りのアコスティックギターをこれでもか!というくらい、時にはアクロバティックな演奏をし、しっかりビートルズのスタンダードもバラードもこなしていく、これは完全に関西系の乗りだなと途中で気がつくと共に、演奏中の彼のステップが妙に気になっていった。オーストラリア人とは言えカントリー系のリズムが多いせいか、どこか懐かしさを感じると思いながら次々繰り出されるテクニックに目を見張っていたが、ハタと気がついた!これは大道芸人のステップだ!時々街角で見かける海外から出稼ぎでやってくるストリートパフォーマーで、ギターもハーモニカも体に貼り付けたドラムセットも一緒に演奏するあの芸人と同じ、あのステップというかリズム刻みだ!

このオヤジは相当苦労してこれだけのパフォーマーになったんだなと勝手に感心してしまった。

ほっと、ひと風呂・・・・

 長い出張の後は、無性に大きな風呂に入りたくなる。
出張先はよっぽどのことがない限りホテル泊になり、小さいバスタブにお湯を張る時間があればまだお情け程度でも「お湯」に浸かることが出来るが、大体は面倒になってシャワーで済ませる事が多い。その上、中国で私のこれまでの経験では、お風呂の蛇口からは、どこぞその辺のどぶ川から引いているのかと思わせるほのかな異臭の漂うお湯が出てきて、そんな中で浸かる気分には全くなれない。中国でも上海や大きな都市には日本式の温泉センターもどきが最近沢山出来てきているが、そんなところでもまっさらなお湯はいくぶん茶色に濁ったお湯で、入浴剤のタップル入った浴槽に入ってしまうし、それもどんな薬剤が入っているかわかったものじゃないので、ひとしきり体にお湯を付けたら出てきてしまう。
 さて、今回、金沢に戻って入ったのは、市内にいくつかある古くから温泉付き銭湯として営業しているお風呂の一つで、今回初めての「石引温泉」、兼六園の奥に続く小立野台地の中腹にあるこのお風呂には、サウナやぬるめの源泉の露天風呂があると聞いていたので行ってみた。

日曜のお昼過ぎだから空いているだろうと行くと、案の定、ご老体の客がちらほら、エレベーターで3階に上り、番台へ。牛乳石鹸の男風呂暖簾をくぐると、なかなかノスタルジックな脱衣所の箱が並ぶ。鍵はどの箱も壊れて付いていなくて、のんびり感が漂ってくる。服を脱いで早々にガラス戸を引いて湯気の中に入ると、まず目に付くのが黄色い「ケロリン」の風呂桶。風呂イスも桶もきちんと重ねられていて、入浴者のマナーを感じさせる。茶色い色の温泉風呂にゆっくり沈み込み、おきまりの「うぇ~い」のうなり。ぬるめの露天風呂は先客のおじさんが大の字になってお湯の出口を占領していたが、眠くなってきそうな温めのお風呂。ゆっくり浸かって外に出てみて、ガラス戸に張ってある注意書きの文字を見ると、実にほほえましいというか、ストレートな表現だというか・・・・

ついでに写真では曇ってよく見えないと思うが、蒸気サウナ(この表現もいいね)の入り口には「お子様はサウナに入らないで下さい」の文字の後に「成長のさまたげになります!」とあった。バタバタ走り回るガキなんかがいたら、そこらの知らないじいさんから張り手が飛んでくるのではと感じた。

朝の風景 蘇州・金鶏湖

 またまた、長い間ブログが手つかずの時間が続くとなかなか再開するのに気合いがいるな・・・・
などと考えているうちに、えっ?!前回は10月18日?3週間前だな。
 この3週間の間、韓国(ソウル・テグ・済州島)、中国(蘇州・上海・常州・青島)、そして東京と動き回り、だんだん自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。
 まずはその中で一番朝の風景がきれいだった場所、蘇州の金鶏湖湖畔。

日時は10月23日朝6時過ぎ。蘇州近辺には湖が点在していて、ここも数年前までは単なる湖の荒れ果てた場所だったが、蘇州のリッチ層が湖畔の新開発区に大きな構想住宅街を作り、まだまだ開発途中。役所広司の出てくるCMで有名な不動産開発会社の大きな開発地も、散歩していたらホコリだらけの場所にあった。当然というように近くには日本のデパートをメインにしたショッピング街もできあがり、大きな観覧車もあって、夜はひたすらギラギラネオンで「これでもか!」といい感じでバブリーな感じだが、朝は湖からの霧が流れて、湖に浮かぶ島に寺院の影なんかが見えて、それなりにいい景色。

朝早いとコンビニも商店も開いて無くて、散歩帰りに道端の揚げパンやちまきを売っている屋台のおばちゃんから牛乳とヨーグルトを買って帰った。
そうそう、蘇州は金沢の姉妹都市ですが、その話題を蘇州の人間にしても、知っている人はほとんどいない、人口100万(と地元の人はいっているが果たしてカウントしてるのだろうか?)の都市。

2009年10月18日日曜日

冬はすぐそこまで 東北の三山 栗駒山


 3日目:栗駒山(1627m):前日の登山客もまばらな、冬景色の岩手山とはうって変わり、こちらは紅葉狩りの観光客でごった返していた。といっても、昨年6月の岩手・宮城内陸地震の被害で、東北道の一関側からの通行や登山も出来ず、秋田道をぐるっと西に回り、横手~十文字を経由して麓の須川温泉の土砂降りの前夜到着する。この温泉も地震被害は大きかったらしく、自慢の露天大浴場は壊れたままで、建物もどうにか改築して、この日が改築した大浴場のオープンの日だった。温泉の湯気をそこここで感じながら、色づいた山々を見ながら1周約3時間の登山コースを歩いてきた。