2009年7月12日日曜日

ドイツ紀行 その4 いざ、バイエルンへ!

 もたもたしないで、バイエルンに行こう。
アウトーバーンを南下して、日本人観光客がこぞって通りたがる「ロマンチック街道」を横目に、ローテンブルグ、アウグスブルグ、そしてミュンヘン。大都市の街中で迷って、散々宿を探し、結局ろくでもないホテルに収容されるよりは、田舎町のきれいなホテルでゆったり過ごしたいと、ミュンヘンの外環道をすり抜けて、アウトーバーンの標識は隣国オーストリア、ザルツブルグの方向を指すようになる。
 昔、2ヶ月間だけ語学学校にいた時に住んでいた町「プリーンPrien am Chiem See」へ。プリーンはあのドイツの観光ポスターなどでおなじみの「ノイシュバインシュタイン城」を作ったバイエルンの王、ルードイッヒ2世がフランスのヴェルサイユ宮殿を意識して、ノイシュバインよりもっと気合いを入れて湖(キーム湖)に浮かぶ島に作った城「ヘレンキムゼー城」のある小さな町。ノイシュバインシュタイン城ほど日本人観光客が多くないので、かつてドイツ滞在中に日本人の知り合いが来たり、帰国後もドイツに行ったら、同行の日本人に紹介してきたので、何度も来てるが、街中ですごく雰囲気のいいレストランとアップルケーキの美味しいお菓子屋があったのを思い出し一晩滞在。昔、よく行った中華料理屋も、アップルケーキの小さなお菓子屋もなくなっていたが、雰囲気のいいレストランは健在で、生きのいいお兄ちゃんのウエーターが何も言わなくても「ヴァイスビアー(白ビール)お代わりね」と持ってきて、大きすぎて食べきれないヴィナーシュニッツエル(ウイーン風カツレツ)を見て、「持って帰って明日の朝飯にでもしてくれ」とアルミホイルに包んでくれた。どこでも田舎はいいなと感じた次第。
翌日は、もっとオーストリアに近い山を越えたらザルツブルグという町、バートライヒェンハルBad Reichenhallへ。この町にはホテル学校に在籍していた1年間住んでいたが、25年経って改めてゆっくり歩いてみると色んな発見があった。この町を日本で紹介する時によく例に出すのが、最近ちょっとしたスーパーでも売っている塩のこと。円筒型の青い色のパッケージで「アルペンザルツ」と日本語のタイトルが付いている、あの塩を作っている会社のある町で、創業はすでに500年近いはず。とりあえず、昔懐かしのホテル学校へと足を向けると、改装工事中。それでもこんな形してたな、としばし立ち止まってみてると工事中のおじさんから変な目で見られ、横の中学校の生徒からは「おめーは中国人かチャンチュウチョン!」などと言われ、これは昔と変わらないなと思い出す。

温泉保養の町でも有名なこの町のメインは、もちろん塩だが、今回初めて製塩会社の古い施設で今は資料館になっている施設を訪問する。観光用の地下通路コースや水をくみ上げるための大きなポンプ用の車輪など、こんなすごいものがこの町にあったのかと改めてびっくりする。製塩の際には地下水をくみ上げて、その地下水ミネラルを利用して温泉保養に使う。







下の写真は地下水を高い棟の上から下に少しずつ流して、途中にぎっしり詰まった木の枝にしずくをはじかせて、いわゆる天然の霧ミスト状にして、それを下にいる保養客が呼吸からそのミネラルを取り込むという施設で、ドイツの各地の温泉保養地にある。もちろんこの水を湧かして温泉にもする。ちなみに町の名前Bad ReichenhallのこのBadはお風呂のことで、ドイツ各地にBadの付く町が多く、ほとんどが温泉の町。
ドイツでも有数の温泉保養地だけあり、ビジターセンターがしっかりしていて、水くみの蛇口がたくさんあったり、のんびりチェスをする老人がいたり、長期滞在者向けの周辺地域へのツアー専門コーナー、もちろんバスソルトや塩を使った化粧品や塩のキャンディーなども売っているショップ、それに定期的にコンサートが開かれるホールなどもある。


1 件のコメント:

froschclub さんのコメント...

のんびりとチェスをするご老人の姿が町の時間の流れを現しているようで、羨ましいまちですねえ