2012年1月14日土曜日

新春七福神巡り その1

毎年正月休みは初詣と駅伝のテレビ中継で終わるのだが、今年は大学箱根駅伝がどこぞの大学の出来過ぎたレースですこぶるつまらなくて、いつもと違うところにとWEBを検索していたら、
『全国七福神巡りガイド』http://www.asahi-net.or.jp/~UY7M-SSK/
なるものを見つけて、そういえば東京で以前、谷中だったかの七福神を新年に回ったなと思い出し、近所にはないのかと見てみると・・・・
ありました!富山に「越中万葉七福神」なるものが。
正月の酒浸りの体をちょっとは動かさないと、と1月3日早速出かけてみることにする。

富山の高岡市・射水市・氷見市をめぐるこの七福神巡りは地図で場所を確認しているうちに、エリア的に全部を歩いてめぐるのは到底無理だと気付くが、それぞれの境内への参道ぐらいの散歩道はあるだろうとでかける。

まずは①『新湊弁財天』
これがまた巨大なアルミ製の像で新湊港の風を一手に受けているようなお姿。
彼女の後には富山新港の入江をつなぐ完成間近の大きな橋が見える。

次に向かったのは富山新港の反対側にある住所では高岡市に入り、
②『西宮神社』ここには恵比寿さんがいると言うことなのだが、
どこにいらっしゃるのか見あたらない。
もっとも西宮神社というと西宮えびすで、えびす宮総本家だから、そのものが恵比寿さんなんだろうと解釈して、回りの港町のたたずまいをしばし楽しむ。


さて、西へ移動して3番目は
③『妙法寺』布袋さんがいるらしい。
住所的には『勝興寺』というかつては越中の国を仕切っていた国庁の置かれていた大きな寺のあたりだが、なかなか見つからず、日は出ているものの風の冷たい門前町あたりをうろつくと、出てきました!どっしりとした石像の布袋さん。

日蓮宗のお寺なので、日蓮上人の像と2ショット

と、ここまでは順調だったのだが、ここまで来て思い当たったのが、
東京などの七福神だとどこの神社仏閣にも「七福神」のぼりが出ていて、親切に案内板があったりして、七つをめぐる御朱印色紙などがあったりするが、ここは全くそんな様子はなく、他に七福神をめぐる人の姿も見あたらない。
もしかしたら、「公認」じゃないのかな?などと思ったりして・・・・

西に移動しナビの通りに走ると、だんだん山の中に入っていき、「二上万葉ライン」をのぼるが雪が多くなって車がスリップし出す。
④『佛石寺』福禄寿がいらっしゃると言うことだが、雪が深くて寺の参道も行けず、行ってみると誰もいない玄関に「修行道場」の文字。禅寺らしい沈黙でどこを押そうが引こうが戸は全て動かず。
しょうがないので、裏にある仏舎利に雪をかき分けたどり着き、
「平和の鐘」なる巨大な鐘を一つ突いてくる。


ここは「万葉文化の広場」というところらしく、はじめに行った新湊の弁天様もかすかに望めるほどの眺望。
そうそう、このあたりやたらに「万葉」の文字が多いのは、万葉集の一番の出演者「大伴家持」が
この越中の国の「国守」として5年間住んでいて、その間に220余りの歌を詠んだ土地なので、そう呼ばれているようだ。
 
さて、山を下り氷見に向かって走る。氷見の湊あたりでブリの丼でも食べたいなと向かうが、
市場はまだお休みで、なざだか湊の横の道の駅もお休み。しょうがないので「氷見カレー」なるものを食す。何が氷見なのか聞かなかったが、氷見牛を使ったカレーのようだが、さしたる特徴はなく、皿にドローっとのたっていた。
 
で、⑤『千手寺』ここには寿老人がいるそうだが、またまたそんなものがどこにあるのかの表示も気配もない。寺の名前の通り千手観音が何かの指定になっていて有名なようだが、それも公開はしてなかった。
 
会えるはずの七福神に会えないとなると、だんだん寂しくなってきて、寒さもしんしんと感じてきたりして。
高岡に戻り⑥『関野神社』に向かう。
ここは家紋からして天満宮のようで、受験生らしき若者達や家族でそれなりに賑わっていて、この日一番の繁盛の場所。ところでここはどなたがおわすやらと案内を見ると大黒天となっている。
あちこち探すが、全くそのお姿は見あたらず、神殿口両側にお座りの右大臣左大臣らしきすこぶる大きな像に代役をお頼み申す。

さて、日も傾きかけて寒くなってきて、
 ⑦『総持寺』ここには毘沙門天殿がおわすとのことだが、またまた会えず。
考えてみたら、お会いできたのは弁財天と布袋さんだけ・・・・ちょっと「万葉の里振興プロジェクト」などと言う観光局の出先などがあるようだったら、しっかり七福神をPRして、人々に町を歩いてもらうことを目標にしてもらいたいと思ったが、富山県人はそんなムダなことはやらないかな?

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