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2009年4月26日日曜日

コリアンスナップ その1

 韓国へはソウル、プサン、テグを中心に年に何度か出掛けるが、ソウルの街中からだと仁川(インチョン)空港より近い距離にある、北との国境付近には初めて出掛けた。
 かつて、西と東の存在するドイツに住んでいたとき、東ドイツの中にあるベルリンの街へ行くのに、東の国の荒涼とした風景の中、電車で移動したことがあり、金網越しに銃を持った兵士がたむろしていたりすると、それなりに緊張感があった。そんな感じをテポドンの国との国境付近に期待していたのだが、目的地の「臨津閣・自由の橋」と「都羅展望台」がなにせソウルからすぐ近くで、おまけに団体のバスのガイドのおばちゃんが「すぐそこが北国で・・・」「北国に住む人々・・・」などと「北国(きたぐに)」という表現を連発するので、千昌夫か吉幾三の顔がちらついたりして、ひたすらのんびりムード。
 北のあの人のやることだから、頻繁に規制や許可が入り乱れて、つい最近まで北の山に登ろうなどと韓国の取引先と話していたのに、今はそこまで行けなくなり、自由の橋を渡る線路を通って、ソウルからのツアー客のみ、専用の電車で板門店の手前まではいけるようだ。展示会視察のおまけで立ち寄った私たちは、観光客もまばらな展望台から川向こう距離にして500mも無いところの北の大地を、望遠鏡で覗くだけで「おっ!人が動いてる!畑仕事してる」などとはしゃいでしまった。それにしても、これだけ近い距離に首都のある韓国の人々は日々どう感じているのだろうか?「飛翔物体発射誤報!」などと慌てふためいている国民と違って、心が広いというか、最近激ヤセしたと言われるあの人がいる限り無理だとあきらめているのだろうか・・・・・

2009年4月22日水曜日

すぎたるは・・・・・

  桜の花びらが、時折花吹雪のように舞い散る吉野の里を抜けて、奥吉野の「伯母子岳」(1344m)に登る。 熊野参詣道、いわゆる熊野古道はいくつかのルートがあり、お供をつれての優雅な参詣道の「中辺路」は今でも人気の道だが、熊野三山と高野山を最短で結ぶ、いわば庶民のための経費節減の道が「小辺路(こへち)」。ただ、短いだけに険しい山道があり、標高1000m以上の峠を三つ越えなければならず、そのひとつが伯母子岳。
 さて、陽気の誘われて、杉花粉の季節はそろそろお終いだと、超花粉症の私にとってはちょっと思い切って吉野杉の本場の山に来てみた。だいたい他の地方の山々は杉などの植林は山の3~5合目あたりで終わっていることが多いのだが、さすがに本場!ほぼ頂上付近まで植林の森は続き、おまけに杉の次に花粉の季節を迎える桧の植林地でもあった。ポケット一杯に持参したティッシュは行程半ばで使い果たし、ハナタレと涙の登山になった。

やっと峠にたどり着いたら峠の名前はなんと「桧峠」

すぎたるは、桧のごとし・・・
帰り道すがらの「三里山の水」でちょっと一息。




缶オープンの不思議

今年初めてのプロ野球観戦にナゴヤドームに出掛けた。
ファンクラブの招待券での入場だけに席はそれほど気にしてはいなかったとはいえ、外野のもうほとんど最後部席、壁にへばりつくような席からは山の頂上に登ったようで、それはそれで見晴らしは良かったものの、選手の顔はもちろん背番号もおぼろげにしか見えないのは、残念。その上、外野の対抗チーム応援席側で、チームカラーのブルーと対抗チームのカラーのオレンジがまだらになっている。おまけに試合もいまいちぱっとしない・・・・

こんな時オープンエアーの球場なら周りの景色を見たり、夕暮れの空を見たりと気を紛らせれるのだが・・・と、ふと場内ビール売りのお兄さんの手元を見ると、妙な行動をしている。缶ビールのビールを紙コップに移し替えて客に提供するのだが、缶を空けるとき、当然プルトップの空け口を空けて、その後手のひらに、缶に大きな三角の穴を空けるための器具を持っていて、それで缶にいくつもの穴を空けている。
なるほど~!そうするとビールが飛躍的に早くコップにつげるのか!しばし、その手際よさに見入ってしまった。ちなみにゲームは終盤逆転されてひいきのチームは連敗。

2009年4月6日月曜日

今年初めての百名山~両神山

 これまで「秩父」という地域は、池袋のごちゃごちゃ雑踏から、冷房の効きすぎた西武鉄道の電車に乗って、所沢を越して、さびれたところというイメージしか無く、それほど興味がなかったのだけど、首都圏から近い日本百名山の山をこなして行くには、このあたりは避けて通れないと、出掛けてみた。
 それがイメージとはちょっと違って、日本のどこにでもある里山風景から、名水の湧く山の深さも持っていたので、花粉症でハナタレ絶好調ながら、これはなかなかいけるなと、気合いを入れ直した今回の「両神山」(1723m)
 ガイドブックによると「イザナミ・イザナギの2神を祭るから両神山だという伝えがあるが、日本武尊が戦勝祈願で筑波山へ登る途中、西方に8日間も見え続けた山に因んだ八日見山という伝えのほかに、竜神山、竜頭山など、多くの呼び名と伝説を秘めた山」とあり、日向大谷の民宿「両神山荘」の駐車場に車を止めて、何となく期待が高まってきた。本当は名水の滝という「昇竜の滝」を通るコースを登りたかったのだが、そのコースは通行止めだとか、通行できても予約して1000円の施設料が掛かるなど、なんだか地主とトラブルでもあったのかと思わせる記述があり、一番一般的なコースを進む。
 小川に沿って歩くうちに、針葉樹の植林林が姿を消し、代わりに落葉樹の落とした落ち葉の厚みを感じながら進むこと約2時間で、なかなかしっかりした山小屋「清滝小屋」に到着。

古くから信仰の山と言うだけあり、途中には○○童子と刻まれた石碑があったり、石仏があったりした。   

 数日前には雪が降ったとのことで、清滝小屋の裏の水場の滝はまだしっかり凍り付いていた。

 小屋からしばらく行くと、途中すれ違った登山者がアイゼンがないので引き返してきたと言ったとおり雪道になるが、ここは雪国育ちの根性!とアイゼンなしで時々這いつくばるようにして、どうにか両神神社の社にたどり着く。この社の前に鎮座する狛犬の表情がちょっとヘンテコで与太ったヤンキーのスヌーピーみたいな感じで、このことをかの深田久弥氏がその著書 「日本百名山」 の両神山の項で 「神社の前に2頭控えているのは狛犬ではなく、オオカミである」 と記述しているのは見ようによってはそうかなと感じる。
いくつかの鎖場を越えてどうにか頂上に着く。富士山が見えることを期待してはいたものの、残念ながらそこまでは望めず、それでも360°の山々を一望できた。
 北朝鮮からの飛翔物体騒ぎで下界はバタバタしていたようだが、たまたま一緒に行った息子が持っていた無線受信機で、どこかの航空管制官らしき通信者が「テポドン情報ありましたら下さ~い」と繰り返しているのを聞きながら、弁当をほおばった。
ちなみに、この両神山が日本百名山71個目の山。



2009年4月2日木曜日

いざ、いさざ!

 能登半島の出っ張った富山方向、能登島をくわえ込んだあたり、
穏やかな海岸線を「内浦」と呼び、反対側、馬の頭の形の鼻先からたてがみに掛かる方向を、荒々しい波の渦巻く「外浦」と呼ぶが、その穏やかで波が立っているかわからないような水面を眺める穴水町では、おいしいものを年中食べれるというイベント「まいもんまつり」が町内の食事処で開催される。冬の陣・能登牡蠣と入れ替わり「春の陣・いさざまつり」の時期。
 「いさざ」は春の訪れを告げる別名「シロウオ」と呼ばれるハゼ科一年魚。
体長は約4cmくらい、体色は半透明、黒い斑点が透けて、その斑点と二つの黒い目が、上から眺めるとまるで「ニコちゃんマーク」のようにかわいいのだが、産卵のために川を遡るこのちいいさな魚を、躍り食いするのだ。 たしか以前福岡あたりで、もう少し小さな白魚の踊り食いを経験したことはあるが、そのときは杯(さかづき)に数匹、ぐいっと飲み込んだ記憶がある。
ところがこちらはちょっと小振りのどんぶりに20~30匹所狭しと泳いでいる。箸でつまもうにも生きが良くてなかなか言うことを聞いてくれず、時々器の外にはねて行ってしまう・・・・そいつをどうにか三杯酢の中に移し、動きが少し鈍くなったところを口の中へ「いざ、いさざ!」
 ところが4cmの魚を飲み込むにはちょっと無理があり、「ごめんなさい!」とつぶやきながら歯を立てる。残酷だな~と思ったその次の瞬間、その歯ごたえがものすごく心地よくて、次の一匹に箸を延ばす。
 今回のコースには躍り食いの他に以下のようないさざ料理も
・いさざの卵とじ
・いさざの天ぷら(大盛り!)
・いさざのお吸い物
全部で百匹は胃の中に吸収されたようだ。
 このいそざ3月下旬がピークで、桜の花の開花とともにシーズンは終りとなる。

2009年3月20日金曜日

朝の風景 その6 伏見川

 うちの近所を流れる伏見川は、金沢の南端の満願寺山・窪町あたりを源流に、お隣の野々市町の近くを通り北西に進み、日本海に注ぐ手前で金沢市内を流れる犀川と合流する川。
 日も長くなったことだし、冬の間中止していた朝の河原の散歩を再開した。うちの近所は極めて下流のせいか、子供の頃は魚釣りをすると言うより、ゴミ釣りをしていたような川だったが、下水道が整備され近所に大型の地下浄水場が出来たためか、最近はものすごくきれいになった。
誰かが放した鯉が大型化して何匹も並んで泳ぐ魚影があり、鮭の遡上する姿も見られるようになった。河原には20年くらい前に植林され「桜の名所」となった桜並木があり、いつもの鷺がいつもの場所にたたずみ、鳥の種類も年々増えていくように感じる。
 その伏見川に掛かる六つの橋分を約40分かけて歩くのだが、何年も前からこの散歩道ですれ違う反対方向に散歩する方が何人もいて、いつものように「おはようございます」のあいさつ。
上流には雪がまだうっすら残る山々が見え、足元の土手を見るとツクシがあちこちに顔を出し、黄色い花がぎっしりと咲いている。水仙もあるのだが、そうではなさそうな花が群生していて、帰ってさっそく植物図鑑を眺めて探すと、季節的にも「サクラソウ」に近い品種のようで、サクラソウの仲間を次々と見ていき、たどり着いた名前が「プリムラ ワイルド」

ジャケ買い記録 その1

 世の中の音楽媒体の主流がCDになった今では、ちょっと物足りない気分ではあるものの、ミュージシャンの名前もその曲自体も知らずに、ジャケットを見ただけで購入してしまう、いわゆる「ジャケ買い」の傾向は、レコード屋さんで、立てて収納してあるLPを一枚一枚見ていく時代から続いている。
とは言っても、仕事帰りにふらりと立ち寄るようなCDショップも、通販や音楽配信の波に押されて、一つ一つ姿を消して言っている中、ショップを探すだけでもちょっと難儀な時代になったようだ。あの、ジャケットを次々眺めて、時には裏返してミュージシャンの名前や制作年などの文字を確認するのが楽しいのに・・・・それで、中身はどうだったの?と聞かれると、それがそれなりに心を打つ曲以上の「あたり」のアルバムがほとんどなんですよね。

 わかっていただける方なら、大きくうなずいていただけるだろうが、ジャケットの作りの美しさと言えば、ECMレコードです。ECM(Editions of Contemporary Music)社の音作りのコンセプトは、”The Most Beautiful Sound Next To Silence"~沈黙の次に最も美しい音~というように、それがしっかりジャケットにも表現されていて、キース・ジャレット、パット・メセニー、ゲイリー・バートンなどのミュージシャンの音にジャケットを眺めながら心酔したもの。ちなみに、私は若い頃2年ほどドイツで生活していたが、当時まだ東西に分断されていたベルリンが本来の目的地だったのだが、ビザの発給待ちをビールでも飲んで待つとするか、と、しばしの滞在を予定していたミュンヘンが、このECMレコードの本拠地だと知って、ECMがあるくらいならすてきな町に違いないと、ベルリン行きを中止してミュンヘンに住むことになったくらい。

 さて、今回のジャケ買いはGiovanni Allevi『JOY』中のイタリア語が良く読めないのだが、Milanoの文字がいくつも出てくるのでミラノのピアニストなのだろう。髪の毛の中にいくつものピアノの鍵盤を突き刺したジャケットは「何かあるな・・・」と感じさせ即購入、収録12曲全てピアノソロだが全く飽きさせないし、思わず泣かせるフレーズやリズムを取りたくなる曲など「大正解」のアルバムだった!